ジュビロ磐田
| チームプロフィール | |||
| 法人名 | 株式会社ヤマハフットボールクラブ | ||
| 創立 | 1972年 | ||
| ホームタウン | 静岡県・磐田市 | ||
| ホームスタジアム | ジュビロ磐田スタジアム | ||
| タイトル | 97年・Jリーグ・2ndステージ優勝 97年・Jリーグ・チャンピオンシップ・優勝 98年・Jリーグ・1stステージ・優勝 98年・ナビスコカップ・優勝 第18回・アジアクラブ選手権98/99・優勝 99年・Jリーグ・1stステージ・優勝 99年・Jリーグ・チャンピオンシップ・優勝 第5回・アジアスーパーカップ‘99・優勝 01年・Jリーグ・1stステージ優勝 02年・Jリーグ・1stステージ・優勝 02年・Jリーグ・2ndステージ・優勝 (※史上初の両ステージ完全制覇) |
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| マスコット | ジュビロ君 | ||
| 愛称 | ? | ||
| 公式HP | http://www.jubilo-iwata.co.jp/ | ||
| Jリーグ(JFL)成績 | ||||||
| 順位 | 順位 | 勝 | 分 | 負 | ||
| 94Jサントリー | 7 | 9 | 13 | |||
| 94Jニコス | 7 | 11 | 11 | |||
| 95Jサントリー | 5 | 15 | 11 | |||
| 95Jニコス | 9 | 13 | 13 | |||
| 96Jリーグ | 4 | 20 | 10 | |||
| 97J第1ステージ | 6 | 9 | 7 | |||
| 97J第2ステージ | 1 | 14 | 2 | |||
| 98J第1ステージ | 1 | 13 | 4 | |||
| 98J第2ステージ | 2 | 13 | 4 | |||
| 99J1第1ステージ | 1 | 12 | 0 | 3 | ||
| 99J1第2ステージ | 12 | 5 | 1 | 9 | ||
| 00J1第1ステージ | 5 | 9 | 0 | 6 | ||
| 00J1第2ステージ | 3 | 10 | 0 | 5 | ||
| 01J1第1ステージ | 1 | 13 | 1 | 1 | ||
| 01J1第2ステージ | 2 | 13 | 0 | 2 | ||
| 02J1第1ステージ | 1 | 13 | 1 | 1 | ||
| 02J1第2ステージ | 1 | 13 | 0 | 2 | ||
| スタッフ | |||||
| 監督 | 柳下 正明 | ||||
| コーチ | 吉田 光範 | ||||
| GKコーチ | 森下 申一 | ||||
| フィジカルコーチ | 菅野 淳 | ||||
| GK | ||||
| 背番号 | 名前 | 生年月日 | 身長/体重 | 前所属チーム |
| 1 | ヴァン ズワム | 1969年9月16日 | 188/84 | フォルトゥナ シタールド(オランダ) |
| 大舞台での勝負弱さが弱点だが、能力は高いGK。山本とのレギュラー争いは熾烈。 | ||||
| 12 | 山本 浩正 | 1979年6月5日 | 187/87 | 清水東高 |
| 外見に見合わぬ鋭い反応が持ち味。ダイナミックなプレーには驚かされる。 | ||||
| 16 | 松下 太輔 | 1981年10月31日 | 180/75 | 静岡産業大 |
| 21 | 原 寿康 | 1980年10月18日 | 184/77 | 愛知学院大 |
| DF | ||||
| 2 | 鈴木 秀人 | 1974年10月7日 | 180/70 | 浜松商高 |
| スピードが有り、1対1で強さを発揮するストッパー。右サイドは絶対に抜かせない。 | ||||
| 3 | 上本 大海 | 1982年6月1日 | 180/68 | 鹿児島実業高 |
| 1対1に強さを発揮するDF。将来のレギュラーとして期待される。 | ||||
| 5 | 田中 誠 | 1975年8月8日 | 178/74 | 清水商高 |
| 統率力、カバーリング能力に優れたリベロ。「前への守備」は、リスキーだが魅力的。 | ||||
| 14 | 山西 尊裕 | 1976年4月2日 | 173/70 | 清水東高 |
| 昨期は大岩からレギュラーの座を奪った。安定した守備とパワー溢れるFKが持ち味。 | ||||
| 20 | 大井 健太郎 | 1984年5月14日 | 180/70 | 藤枝東高 |
| 1対1に自信を見せるCBの有望株。将来的なDFリーダーとして期待される。 | ||||
| 25 | 加賀 健一 | 1983年9月30日 | 180/72 | 秋田商高 |
| MF | ||||
| 4 | 河村 崇大 | 1979年10月4日 | 181/75 | クラブアテレティコ リバープレイト(アルゼンチン) |
| 本職はボランチだが、最近は右MFに定着。丁寧なパスで攻撃を組み立てる。 | ||||
| 6 | 服部 年宏 | 1973年9月23日 | 178/73 | 東海大 |
| 運動量、対人能力、戦術眼を備えた国内屈指のボランチ。主将としてチームを引っ張る。 | ||||
| 7 | 名波 浩 | 1972年11月28日 | 177/71 | ACヴェネチア(イタリア) |
| ご存じ「天才レフティー」にして国内NO.1のゲームメーカー。N-BOXの中心として攻守に絡む。 | ||||
| 10 | 藤田 俊哉 | 1971年10月4日 | 174/64 | 筑波大 |
| いぶし銀のプレーを見せるMF。変幻自在のドリブルやパスを駆使し、攻撃を組み立てる。 | ||||
| 15 | ジヴコヴィッチ | 1977年7月28日 | 181/75 | ラド(セルビア・モンテネグロ) |
| 左サイドのチャンスメーカー。出場すればコンスタントに活躍する選手。 | ||||
| 17 | 太田 吉彰 | 1983年6月11日 | 174/67 | ジュビロ磐田ユース |
| 18 | 前田 遼一 | 1981年10月9日 | 182/75 | 暁星高 |
| 将来性抜群のアタッカー。足元の技術は日本人のレベルを超えている。和製エジムンド。 | ||||
| 19 | 成岡 翔 | 1984年5月31日 | 175/68 | 藤枝東高 |
| 磐田の次代を担う「プリンス」。左足からのパスで攻撃のリズムを作る。 | ||||
| 22 | 挽地 祐哉 | 1983年5月2日 | 179/66 | 鹿児島城西高 |
| 23 | 福西 崇史 | 1976年9月1日 | 181/77 | 新居浜工高 |
| 日本人離れした身体能力を持つ大型ボランチ。攻守両面で存在感を発揮。 | ||||
| FW | ||||
| 8 | グラウ | 1977年2月21日 | 176/70 | グレミオ(ブラジル) |
| 無尽蔵なスタミナで前線を掻き回すアタッカー。2列目から飛び出してゴールを奪う。 | ||||
| 9 | 中山 雅史 | 1967年9月23日 | 178/72 | 筑波大 |
| 「ゴン」の愛称で親しまれるチームのエース。安定したポストワークとゴンゴールは今年も健在! | ||||
| 11 | 西 紀寛 | 1980年5月9日 | 175/72 | 市立船橋高 |
| 右サイドを豪快に切り裂くドリブラーだが、高原の穴を埋めるべく今年はFWに挑戦。 | ||||
| 13 | 川口 信男 | 1975年4月10日 | 178/72 | 順天堂大 |
| スピードに乗ったドリブルで右サイドを制圧するウィンガー。スーパーサブとして結果を出す。 | ||||
| 24 | 原 拓也 | 1983年6月4日 | 175/63 | 筑陽学園高 |
| 26 | 西野 泰正 | 1982年9月14日 | 183/79 | 富山第一高 |
| カタール国際大会でストライカーとしての素質を開花させた。「ポスト・高原」の呼び声も高い。 | ||||
| 基本布陣(※02年の布陣) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ・名波を中央に置いた3−5−2システムを採用。 ・ボランチ2枚がサイドのケアーに回るものの、 基本的にサイドのスペースは弱点。 敢えて相手に攻めさせる事で、自らの攻撃チャンスも作り出す。 ・左MFの藤田は左サイドに張るだけではなく 周りの選手とのポジションチェンジを積極的に繰り返す。 時には最前線まで飛び出してフィニッシャーにも変貌。 ・右MFは、攻守のバランスの取れた河村と ドリブラーの西、川口がレギュラー争いをしている。 ・ボランチ2枚は交互に攻め上がり、チャンスを作る。 服部は左サイドから、福西は中央から攻め上がる事が多い。 ・3バックは積極的にラインを押し上げ、時には攻め上がる。 「リスキーだが攻撃的な守備」こそ、磐田の真骨頂。 |
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